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★★★ 『 真ん中を生きるが故に愛不仁敵も味方も心赦しぬ 』 ★ 瘋癲老仁妄詩 13405 へどうぞ!!! ♪♪♪ に、三等兵さんよりコメントいただきました。 「真ん中を生きる」について、また、すこし、考えるキッカケにしたいと思います。 私という存在は、さまざまな現れをしますけれど、 その現れを、復元して、模型化してみたら、 私という存在の全体は、銀河の宇宙儀のように、球体をなしているのでしょうね。 普通、現れた自分を現実として認識し、 その現実に拘束されながら生きているわけですけれど、 それは、私という現れの星の一つにすぎないわけです。 その隣には、現れ損なったり、スタンバイのままの自分や、 気づきもしない自分が存在するし、 そんな今の自分の銀河が在るんですよね。 それに、昨日や、去年や、9歳の時の自分や、 明日や、3年後や、ついに現れないかもしれない未来の自分や、 さまざまな銀河が連なっていて、 それが私という宇宙なんでしょう。 青年期が、 私という宇宙のビッグバン期で、 私は、日ごと、月ごと、 さまざまな私を誕生し続けているわけです。 「真ん中を生きる」というのは、 そのビッグバンの始まるところなに立つことなのでしょうね。 命も、 それぞれの銀河をなし、 そのそれぞれの銀河も、 私の宇宙という宇宙儀の内部に存在しています。 そして、それぞれの命宇宙が、別のそれぞれの命宇宙を、 自分の宇宙の内部に存在させているのです。 それぞれの命宇宙は、 重なり合い、つながり合い、浸透し合って、 私の全体を創りだしているんでしょうね・・・ 存在のセンターに戻れば、 どの私も、かけがえのない私であり、 どのあなたも、かけがえのないあなたであり、 どのいのちも、かけがえのないいのちです。 どの私も、 どのあなたも、 どの命も、 同じ、星の子なんですね。 星の子として、みんな、同胞なんですね。 。。。 ≪ 三等兵さん、いつもありがとうございます。 あの光だって、曲がって、走るんですね。 真っ直ぐ生きることも、 曲がって生きることも、 一つの現れで、 昨日も、 明日も、 一つの現れで、 私というセンターがあって、 現れることなんだって、 そう気づいたんです。 素直に、 私という存在を素晴らしいと感じました。 素直に、 あなたという存在を素晴らしいと感じました。 あなたにはあなたのセンターがあり、 わたしにはわたしのセンターがあり、 交差したり、 重なったり、 すれ違ったり、 遠くを過ぎ去ったり、 時には、長く、 時には、一度っきり、 巡り会いの縁に恵まれて、 別れの哀しみ抱きしめて、 今と、ここを、 生きてきたんですね。 かけがえのない今に、 ありがとう。 かけがえのない縁に、 ありがとう。 躓いて踏み倒したる仏の座 ≫ 。。。 星の子として、 愛呼も同胞ですけれど、 同胞として、愛呼は誰彼隔てなく、 等距離で、 つき合えるんです。 等質で、 友だちになるんです。 愛呼は、 いつだって、 センターから湧いてくるんですね。 〇-----*****************************************-----〇 ★★★ 『 異時空の窓に観音立ちませり 』 ★ 瘋癲老仁妄詩 12507 ♪♪♪ ★★★ 『 観音と霧に傷心溶けてゆく 』 ★ 瘋癲老仁妄詩 10403 ♪♪♪ ★★★ 『 永遠の花を生きたし愛浄土 』 ★ 瘋癲老仁妄詩 12703 ♪♪♪ 〇-----*****************************************-----〇 |
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