老いの日々なれど嬉しや合歓の花

 月曜日という最悪の曜日に、ゆったりと、旅が出来るゆとりの時間を持つことができるという特典が老いるということなんですね。

 今までは、毎年、6月19日は年休を取って一泊旅行をすることにしていました。
 この日は、桜桃忌ですけれど、実は私達の結婚記念日に決めたんです。挙式をしたわけでも、格別結婚したという意識もなく、一緒に生活し、家庭生活を営んできましたけれど、子ども達が小学になったころ、結婚記念日なるものを持とうか・・・ということになり・・・いつにする・・・で、桜桃忌にしたわけでした。

 そしてもう、死を目前にした、ゆとりの日々を迎えているわけです。
 教壇で喋りながら、倒れて往生というのが老仁の理想ですけれど、・・・そろそろそういう場面も想定外ではないんですよね・・・。
 だからこそ、一日一生で、生きていこうと思っています。


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 『根を張ることの大切さを呼び掛けていこうね by 仁』  



  『沙羅双樹の実』


 『心を何にたとえよう・・・』



この記事へのコメント

恭治
2006年07月06日 06:14
自分は、、、食うや食わずで畑で倒れ、かな。教員生活も同じだったかも、倒れて動けなくなったっけ。それでも「俺はこうやって飯を食える」を見せるために辞職、もちろん、自分の子どもたち。パートナーにはすまないと思いながら。16歳から付き合ってくれるパートナーは、「私がダンプの運転手になって食べさせてあげるわ」、、、笑いながら言ったっけ。

数日前、二人の青年が訪ねてきた。

「ニート青年たちに農業を中心とした生活を送ってもらい、自立することを考えて欲しい。そのために、土地と家を貸して欲しいのです、予算は月額30万円しかだせないのですが、、、」

自分の土地と家を貸すことはできない、自分の生活ができなくなってしまうから。それに、片田舎では「地元の人間以外に土地・建物は貸さない」。さらに、具体的なニート対策があまりにもズサン…ボランティア意識では他人は信頼してくれない。信頼してくれるのはニートではなく、彼らの保護者だろうな、、、なんてきついことを話した。
恭治
2006年07月06日 06:14
パートナーの母は103歳で旅立った。
パートナーは、母がかなり人生を送った年齢で生まれてくれた…日本記録かも。60・70なんて、まだ子どもかも、、、自分がきついと思うと、いつでも母のことを思い出しては、自分の幼稚さを楽しみ笑っている。
2006年07月06日 10:57
 すてきなパートナーさんですね。
 でもやっぱり倒れんで、もう少し、生きて、青年たちとわいわい続けたいなぁとおもっています。
 実は、この願いが天に通じたようです。
 一辺も行ったことのなかった高校の同窓会に行きがかり上出て、流れでクラスメートの病院で見てもらうことになって、いやのもの二つも見つかってしまったんですよ。同窓会に出ていなかったら、ほんとうに、授業しながら倒れているところだったようです。心臓動脈に75パーセントコレステロールが詰まっていた。
 天がもう少し生きて、青年とわいわい遊べ!と導いてくれたんでしょうね。

 恭二さん、体は大事にいたわる心持っていきましょうね。
 60・70はまだこども・・・ほんとうにそうなっていきたいものですよ。

 

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