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この記事へのコメント

keko
2006年04月10日 23:51
夜中にお邪魔いたします。
どうも気になってしまって、つい足を止めてしまいました。

 駈ける子ら白色白光散る桜

この句は「駈ける子」と「白色白光」と「散る桜」が、三つ巴になってしまいました。何が、どれが言いたいのか、心を整理されて、そこに焦点を当てることをお勧めします。と言うのはどの言葉も強過ぎるからです。言葉のインパクトは句を光らせますが、そいういう言葉ばかりだと喧嘩をしてしまうのです。「白色白光」という言葉に魅せられていらっしゃるようですが、こういう言わば「既成の言葉」「人の言葉」を扱おうとすると、相当の技術を要しますし、成功率はかなり低いです。
人の心を揺すぶるのは、やはり「心」なのです。
自分の素直な言葉を大切にしてください。
老婆心から、言わずもがなのことを書き込んでしまいました。読んだら削除なさってください。
2006年04月11日 00:34
 言葉の三つ巴ですか・・・ありがとうございます。ぎくしゃくして流れないんですね。
 法事の席でお坊さんの法話があって「白色白光」についてお話がありました。あんまり感動してしまって、あとでお坊さんにこの句の話をしたら、「白色白光から子ども達をイメージする心が優しいですね」という感想頂きました。少し伝わったかな・・・と思っていたんですが、俳句の世界では火花散らし合うんですね。「白色白光」・・・抽象語が好きになってしまうんです。俳句は物を通して心を詠むんですね。
 駈ける子を包む桜の光かな
 実は堕胎したばかりの少女と桜の下でお弁当を食べたんです。桜の根には・・・の思いが強く、天使のように駆け回る子らの姿を少女がどんな思いで眺めているのだろう・・・桜見が過酷だったことを悔やんでしまいました。花見れば・・・心の内ぞ苦しかりけり・・・そんな心も白色白光で無化できるような抽象世界を想像してしまったのでした・・・。無茶な話だと実感しました。ありがとうございます。kekoさん、一歩、俳句に近づけるような学びをもらいました。おやすみなさい。

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