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zoom RSS 「俳句」について

<<   作成日時 : 2006/05/05 22:48   >>

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俳句」について
泥亀さん、はじめまして、青柳仁と言います。
 kekoさんの句会に参加して、いろいろ学ばせて頂いています。素人なのでまだ参加の仕方がよく分かりませんけれど、楽しく参加したいと願っています。

 老仁は<自分の好きな俳句を見つけたり、自分の生きている喜びに通じる何かを感じ取ったり、俳句に出会うことは自分の人生を豊かにすることであります>ということで、俳句をはじめたし、それ以上のものを望まないのですけれど、泥亀さんのBLOG訪問して、沢山学び取っていきたいと思います。不躾なTBしてしまいましたけれど、よろしくお願いします。


 嬰児のアドバイスありがとうございました。老仁はまだ観念句が多く、頭の中で理屈を遊んでいることが多いようです。櫻がなぜ「嬰」なのだろうと考えています。命の始まりを意味するのだろうと考えてきました。命の始まりとしての緑に思いを馳せるのです。それは同時に櫻が春の命の象徴とも考えられます。櫻の季節に早苗がはじまるわけではありませんけれども葉桜の季節には水田に早乙女も現れます。豊饒への願いと予祝をさえ櫻に見てしまうのは観念的すぎるでしょうけれど・・・おもしろいんです。葉桜の間にいくつもの空を見た嬰児を重ねると未来に希望が見えてくるような気もしてきます。

 言葉のおもしろさの中にも自然や人生が内蔵されていることへの興味が作句の動機になるというのは、不謹慎すぎるのでしょうね・・・


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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
仁さんへ。
コメント有難う御座います。私は深く考えることが苦手です。記憶違いや勘違いが多いです。自分にマッチするところだけを参考にしてください。約50年、俳句だけを頼りに休むことなく参りました。それだけが私の誇りです。どうか今後ともよろしくご指導ください。自分以外は、すべて師であるが私の好きな言葉です。
泥亀
2006/05/06 17:53
 泥亀さん、ご無礼を顧みず観念遊びをさせてもらいました。申しわけありません。50年の俳諧に敬意を表します。<自分以外はすべて師>を老仁も心に持ち続けてきましたけれど、学びの心が少し強くなると自己主張が出てしまいます。お許し下さい。ご丁寧なコメントに感謝します。できますればこれからも沢山学ばせてください。独りよがりの読み込みなどしそうですけれどご寛容ください。ありがとうございます。

2006/05/06 22:16

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